>top>石窟紹介>第78窟
北魏早期を代表する石窟で西崖の中下部に位置している。
三方の壁に作られた高い基壇には、「仇池鎮経生王□□供養」という銘文が認めらるが、
仇池鎮が設置された時期は北魏太平真君7年〜太和12年であり、
このことから、第78窟の開鑿年代が北魏時代前期であることが確かめられる。
窟形式やその規模、造像の組み合わせが第74窟と完全に一致し、これらは一対として造営されたと考えられる。
三方の壁に作られた高い基壇には、「仇池鎮経生王□□供養」という銘文が認めらるが、
仇池鎮が設置された時期は北魏太平真君7年〜太和12年であり、
このことから、第78窟の開鑿年代が北魏時代前期であることが確かめられる。
窟形式やその規模、造像の組み合わせが第74窟と完全に一致し、これらは一対として造営されたと考えられる。
第78窟の写真
1.正壁如来坐像
馬蹄形窟の正壁には如来像が坐する。

2.半跏思惟像と交脚菩薩像
正壁の上方左右に穿たれた小龕には、半跏思惟像と交脚菩薩像が配された。


3.基壇に描かれた供養人
高い基壇には供養人18体が描かれた。供養人が纏う衣は北魏太和年間の服制改正以前の胡服である。

4.左脇菩薩像
北魏開窟当時のものであるが、下半身は壊れてしまっている。残高は1.1m。

5.右脇菩薩像
随時代の作品。高さは1.85m。
