>top>石窟紹介>第115窟
北魏時代を代表する石窟のひとつであり、西崖西端の中上層に位置する。
窟高は1,07メートル、幅1,10メートル、奥行き1,00メートルと非常に小さい。
窟内には、塑像で一仏二菩薩像が造られ、窟内左右壁上部には型によって作られた坐像(影塑)が壁に打ちつけられた迫り出し状の段に載せられている。
多様な内容の壁画が描かれ、窟頂には中央の龍をめぐるように飛天が飛翔している。
主尊の台座には、墨書の題記、13行190余字が見られ、景明三年(502)に上邽鎮司□張元伯がこの窟を寄進したことが記されている。
窟高は1,07メートル、幅1,10メートル、奥行き1,00メートルと非常に小さい。
窟内には、塑像で一仏二菩薩像が造られ、窟内左右壁上部には型によって作られた坐像(影塑)が壁に打ちつけられた迫り出し状の段に載せられている。
多様な内容の壁画が描かれ、窟頂には中央の龍をめぐるように飛天が飛翔している。
主尊の台座には、墨書の題記、13行190余字が見られ、景明三年(502)に上邽鎮司□張元伯がこの窟を寄進したことが記されている。
第115窟の写真
1.主尊
主尊の像高は0,62メートル。

2.脇侍菩薩像
脇侍菩薩は0,71メートル。

3.型によって作られた影塑
型によって作られた坐像(影塑)が、壁に打ちつけられた迫り出し状の段に載せられている。
現在6体が残り、大さは0,2メートル。

4.壁画
壁画の内容は多様で、座禅を組む僧侶、バラモン、羽人などが描かれている。
何らかの仏教因縁故事を表しているのであろう。


5.窟頂に描かれた飛天
窟頂には、中央の龍をめぐるように飛天が飛翔している。


6.主尊の台座
墨書の題記、13行190余字が見られ、景明三年(502)に上邽鎮司□張元伯がこの窟を寄進したことが記されている。
これは麦積山石窟中、唯一の造像紀年であり、他の石窟の編年をおこなう際の基準となるので非常に重要である。
